大隅良典氏、ノーベル生理学医学賞受賞の翌日のひとりめし

昨日、本2016年のノーベル生理学医学賞が、東京工業大学名誉教授の大隅良典氏に授与されることが発表された。大隅氏の受賞によって、3年連続で日本人がノーベル賞を受賞すると云う偉業が達成された。ちなみに授賞理由は、「『オートファジー』のメカニズムの解明」によるそうだ。(for his discoveries of mechanisms for autophagy.)
なんのことやらサッパリ解らないが、なんにしても、めでたいことには違いない。
日本人の、日本での研究成果が、世界中で評価される、と、云うのは、嬉しいことである。これに、「日本人が認めた」と云う形容がつくと、なお嬉しい。
恥をさらすようだが、わたいはこれまで、氏のお名前も、したがって、その研究についても、なんら知るところがなかった。
それが氏がノーベル賞を受賞なされた途端、あたかも知人であるかのごとく、これを喜び、もてはやすのだから、我ながら、軽薄と云おうか、ミーハーと云おうか、いささか忸怩たる思いなきにしもあらず、で、ある。
ちなみに、日本では、「医学生理学賞」と表記するが、精確には「生理学医学賞(Nobel Prize in Physiology or Medicine)」である。
もちろん、そのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関係もない。
バナナが2本に増えたのは、氏の受賞を祝してのことではなく、単にいつもの店で、いつもの値段(100円)で、いつもの倍買えた、と、云うだけのことである。

 

献立:トースト(6枚切り×2枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、トマト・ジュース、バナナ(2本)

久しぶりに、ブリの煮付けを料理った。たいてい料理ってきたから、と、レシピを確認しなかったのが不可なかった。
入れるべき調味料(砂糖)を入れ忘れたのである。もっともその代替りと云ってはなんだが、味醂を入れたので、それほどヒドイ味にはなっていない……ハズである。少なくとも、わたいの舌に違和感はなかった。文字通り一味違っていて、これはこれでイケる。
小松菜と厚揚げの煮浸しも久しぶりである。久しぶりだとどうも味付けが濃くなる傾向がある……。もっとも、さほどヒドイ味でもなかった。
白飯──いわゆる銀シャリ、これまた、久しぶりである。やはり旨い。こんな美味しい御飯が腹一杯食べられるようになったとは、日本もゆたかになったものである\(^o^)/

献立:白飯(ピリ辛きゃら蕗)、ブリの煮付け(2切)、小松菜と厚揚げの煮浸し

どうもカボチャの煮物は煮すぎたようである。カボチャがボロボロする。
ぬたは心もち長く、また、こちらは湯掻き時間が足りなかったようだ。
弁当のお菜に持って行ったブリの煮付けもそうだが、この二品も、料理り方のコツは分った、と、思っていたものである。分った、と、思いこんでいても、じつは分っていなかった、と、云うことは、なにも学問の分野だけに限られたことではないらしい。
だからこそ、モンテーニュだったかの、“Que sais-je?”と云う言葉は、現在なお名言たり得ているのだろうし、またそれだからこそ、なんどでも反復練習することに、意味があるのであろう。
ちなみに、小松菜と厚揚げの煮浸しは、弁当のお菜の余りもの、である。

 

献立:玉子御飯、野菜サラダ(レタス、キャベツ、胡瓜、トマト、もやし、ニラ…クリーミーオニオンドレッシング)、カボチャの煮物、冷奴、小松菜と厚揚げの煮浸し、ぬた、納豆、味付海苔