9. 村人たちの不安

 夜になり、村人たちが集まっている部屋に、クリスたちが入ってきます。

 反撃を試みた山賊たちはみなやっつけました。

 とりあえずカルヴェラたちの反撃は阻止したわけですが、村人たちの心配は消えません。

 村人たちは、カルヴェラたちと一戦交えて追い払ってしまえば、カルヴェラたちは他所の村へ行くだろうと期待していたのですが、どうやらそれは期待はずれに終りそうです。

 カルヴェラたちがまだ襲ってくるかどうか、確かなところは、クリスにも分かりません。ただ、そう遠くへは行っていないはずだ、と云うのが、クリスの判断です。

 村人たちはいままでに戦いを体験したことがなく、戦いに関する判断については、クリスたちガンマンを頼り、信頼せざるを得ません。

 村人たちの怖れと不安が高まります。戦いに対する決意を固め、動じずにいるのは、ヒラリオだけです。

 カルヴェラたちが逃げ出さず、まだ村を襲うつもりでいるらしいことは、村人たちにとっては意外なことであり、怖しいことです。まだ戦いが終ったわけではないこと、それどころか、いよいよ激しい戦いに直面するだろうことを、村人たちは感じ取っています。カルヴェラが逃げずに来襲してくると思うと、昼間の戦いにおいて体験した怖しさが甦り、再びその怖しさを実際のものとして体験することになるのではないかと、不安になります。

 村人たちはこの事態にどう対処したらいいか分からず、どうするかをクリスに訊ねます。

 クリスは逆に、どうしたらいいか、訊ね返します。

 クリスたちは村人たちに雇われている身です。どうするかは村人たちが決めることです。自分たちの村を、生活を守るために、自分たちがどうすればいいのか、どうするべきなのかは、村人たちが自分たち自身で決めることであり、自分たち自身で決めなくてはならないことです。

 敵手の出方を待つよりないだろう、と云うのが、村人の意見です。

 クリスもその意見に賛成します。

 カルヴェラたちが来襲してくるのか、それとも逃げ出すのか、現在の段階では確然とした判断は下せません。カルヴェラたちの意図が分からず、先の見通しに確然とした判断が下せない以上は、対処のしようがありません。

 いまのところは、来襲に備えて見張りを怠らず、敵手の出方を待つよりありません。

 先のことに確然とした見通しがつかず、対処のしようのない中途半端な状態が、村人たちの不安を増幅します。

 村人の一人は、もしクリスがカルヴェラの立場だったら、村に対する襲撃を諦めて、他所へ行ってしまうかどうか、クリスに訊ねます。

 村人には、拳銃使いであるカルヴェラの心境は推察できません。クリスなら、同じ拳銃使いとして、現在の立場にあるカルヴェラの心境を推察できるだろうと云うのでしょうが、たんにそれだけの意味の質問ではありません。

 村人は、これだけ手下を殺されたんだ、行くよな、と、言葉を続けます。

 村人は、カルヴェラは逃げるはずだと確信しているのではありません。このまま逃げて行って欲しいと願望しているのです。カルヴェラと同じく拳銃使いであるクリスが同意すれば、村人の願望は確信に近づきます。村人はクリスの同意を得ることによって、カルヴェラは逃げるはずだと確信して、増幅する不安を払い除けたいのです。

 クリスは、自分だったらこの村を諦めて他所へ行くが、自分はカルヴェラじゃない、と、云います。

 カルヴェラの考えは、カルヴェラ自身に即して推測しなければなりません。個々の事例においてカルヴェラが示してきた反応や、これまでのカルヴェラの生き方における細かな事実を、情報としてできる限り多く集積し、丹念に分析し検証する以外に、カルヴェラの考えを精確に推測することはできません。

 もしAがBだったら、と云う形の推測は、実際には意味がありません。

 ガンマンはその仕事柄、なんども、相手の考えや行動を推察する必要に迫られます。その推察の適否は、命にかかわります。相手の考えや行動を的確に推察するのは、生き延びるために必要な、ガンマンの能力のひとつです。安易な仮定にもとづく判断で行動していては、しばしば窮地に立たされ、命を危うくする事態を招来します。

 クリスは、ガンマンとしての厳しい生活の中で、仮定で相手の考えや行動を推測することの無意味さを、体験として感じ取っています。

 村人の不安は払い除けなければなりませんが、安易な気休めでその不安を払い除けることはできませんし、できたとしても、事態はかえって悪くなるばかりです。

 村人たちにとってクリスの反応は、決して満足のできるものではありませんでした。村人たちの不安は増幅し、戦いを忌避する心情へと転化しつつあります。

 その雰囲気を感じ取って、ヒラリオは見張りの交替を促し、ソテロは食事の支度を云い付けます。