5月2日(火)

6:45携帯のアラームで起床。
含嗽し、煙草を吸い、チェック・アウトの仕度をして、朝食に降りる。

そう、このホテルとも、今日でお別れなのである。

たった2泊だけだったが、いざ去るとなると、妙に淋しい。おかしなものである。

朝食が和洋のバイキングであることは、先にも記した。

ちなみに、食べ放題のこの形式を、なぜ“バイキング”と称するか、と、云うと、「日本初の食べ放題レストランの店名が『バイキング』であったことに由来する」のだそうである(Wikipediaより)。

閑話休題。

その朝食の、まずは、1膳(1皿?)目――

いかにも日本人らしく、和朝食からいただくのである♡

(陰の声:ミートボールが和食か?)

2膳目(2皿目?)も、和食である(^^♪

(陰の声:メンチカツが和食か!?)

1膳目はオーソドックスな味噌汁であったが、2膳目は、八戸名物、せんべい汁である(^^)v

さすがは八戸! チェーンのホテルのバイキングの朝食の献立にも、しっかり、せんべい汁があるのである。

味噌汁の具が、フリーズ・ドライで機械の下にあることに、プレートを下げるときに気づいた。道理でなにも入っていなかったわけだ(^_^;)

半ば冗談で攘夷家を標榜しているが、洋食も食べるのである(^^)v

(陰の声:要は節操がないだけや……)

部屋に戻り、歯磨きをした後、煙草を吸ったり本を読んだりして、のんびりすごす。

9時過ぎにチェック・アウトする。と、云っても、特別な手続きはない。荷物をまとめて出て行くだけである。

そのままいつもお世話になっている旅宿に向かい、とりあえず荷物だけ置かせてもらう。
泊まっていたクラブの娘らは、負けたらしい。
かわいそうに。聞けば、いつも勝っていて、負けたのは十何年ぶりかだとか……。

わたいがヘンな運を持ち込んできたのじゃあるまいな……、と、少し気の毒になった。

旅宿を出て、三春屋へ向かう途中の町並みである。

早朝のこととは云え、まるで人の姿が見当たらない。

のどかな、心休まる風景である。

三春屋のATMで今日の資金を降ろそうとしたが、開店は10時からだとかで、まだ開いていない。

開店は10時だそうだ。

いいけどさぁ~、10時に開いて、7時に閉まる百貨店て、どうよ~、と、思いながら、本八戸駅に行く。

途中、遠足だろうか、幼稚園児らしき一団と擦れ違った。

小さな男の子と女の子が、手をつないで、愉しげに歩いてゆく。

先生が、先頭、真ん中、後方、と、それぞれに配置して、子どもたちを引率している。

歩道、などと云う、気の利いたものはない。車道の傍らに、申し訳のように、白線が引いてあるだけである。

先生たちは、子どもらが車道に出ないよう、笑顔のうちにも、しきりに気を配っている。

そんな子どもたちを、脇によけて立ったままニッコリと見送っていると、

「こんにちわ」

「こんにちは」

「こんにちわ~」

と、ひとりひとりが、大きな声で、挨拶してくれる。
なんの屈託もない、天真爛漫な笑顔である。

“だれかに会ったら、こんにちは、と、ご挨拶しなさい”

そう教えられた声ではない。

“だれかに会ったら、ニコニコしなさい”

そう教えられた笑顔ではない。

ほんとうに、自分の心の底から、心底嬉しそうに、心底楽しそうに、きれいな笑顔で、愉しい声で、挨拶してくれるのである。

「こんにちは」

「元気だなぁ」

「おぅ、いい子だなぁ」

そう云うわたいの挨拶と笑顔は、ちょっとでも、この子たちのきれいな心に、応えているだろうか。

“知らない人に声をかけられたら、急いで逃げなさい”

“子供に声をかけたら、不審者扱いされるぞ”

わたいが住んでいるのは、そんな街なのだ。それを当然と思っている人たちが、それを当然と思わざるを得ない人たちが、住んでいる街なのだ……。

本八戸駅に着き、切符を買って掲示板を見ると、次の八戸行は10:22。現在は10時。いかにも八戸らしい時間間隔であり、時間感覚である。

こんな暖簾がかかっているが……すんません、わたいにはできません……(T_T)

本八戸駅のホームである。

なんと意識の高いホームであることか\(^o^)/

八戸駅に着き、ユートリーでみんなへの土産を買う。

榎本商店のオバちゃんが憶えていてくれて、気軽に声をかけてくれた。
「憶えてくれてはったんですか?」
と、つい声が弾んだ。半年振りだと云うのに憶えていてくれているとは、嬉しいものである。

土産を買い、発送の手続きを済ませて本八戸に戻ると、12時半。土産の買出しだけで、2時間半、かかった勘定になる。

本八戸駅のホームに降りると、行きがけに擦れ違ったと思しき幼稚園児の一団に出会う。

わたいの乗ってきた電車で帰るものらしい。

三春屋へ行き、資金を降ろして、「むぅ」へ向かう。

初めてお目にかかるウェイトレスさんと、お店の水のことで話をする。笑顔の明るい、かわいらしい娘である。「むぅ」の水には、レモンを入れてある、と、云うことだ。

「一切れでもレモンを入れたら、お水が美味しくなるでしょう」

「そうですね。でもそれは、このへんのお水やからですよ。大阪の水では、とてもそうはいきません」

「えっ、そうなんですか」

「そうですよ。大阪の水は、とてもそのまんまでは飲めませんから」

いったいこの人は、どこの国の人なんだろうか、と、云わんばかりに、そのかわいい目を見張っている。

ちょっと大袈裟だったかな、と、思いながら、お昼を註文する。

まずは前菜のスープである♡

そして、メイン(^^)v

日替わりランチ(チキン・カツの大根おろしソース、里芋とホタテの煮物)である♡

食後の〆は、もちろん、コーヒー(*^。^*)

この日替わりランチが、今日のメニュウである(^^)v

(ちょっと、見にくいかな?)

「むぅ」を出てCINOに向う。昨日見つけた、面白そうな上着を買うためである。薄手の羽織みたいな服で、ちょっとしたジャケット代りに、あるいはステージ衣装にいいんじゃないか、と、思ったのである。

しかし、よく見てみると、なんのことはない、子供用の和服じゃないか。なんだ、つまらん。

夏の部屋着によさそうだ、と、思ったインドの割烹着も、後をボタンで留めるタイプだった。上からズボッと着られるタイプでないと、意味がない。

MOS BURGERで時間を潰し、旅宿に向かう。

途中でお気に入りの帽子(インディ・ハットのレプリカ)を忘れたことに気づき、慌てて引き返す。

帽子は無事にあった。やれやれ……。

いつもの旅宿に着き、宿帳をつけて、荷物を運ぶ。

部屋は206号室。パソコンをセットして、荷物を整理し、手袋と手のガーゼを外して、シャワーを浴びさせてもらう。
部屋に戻って、『日本資本主義の発展』Ⅰを読んでいると、インターホンがなり、食事の用意ができた、とのお報せ。

17:57なのに、早いな、と、思いながら、トイレに寄って階下に降りると、用意されているのは1膳だけ。どうやら客はわたいだけらしい。

今日の晩食である(^^)v

やっとこの旅宿のご飯がいただけるぅ~

御飯(と~ぜん、3杯)、味噌汁、カレイの開き、マグロと白魚の刺身、ヒレカツ、めかぶ、つぶ貝、それに沢庵、で、ある。

それにしても、宿泊客がわたいだけとは、めずらしいことである。

そう思ったが、おばちゃんと話しながら御飯を頂いている途中に、ふと解った。

そうか、薄場さんが毎日診療をしない以上、泊まる患者さんもいないわけだ……。GWだからと云って、薄場さんに診てもらわないのに、八戸に来る患者さんもいないだろう。わたい以外は……。

食後、外に出て一服。さすがに甚平だけでは寒い。
部屋に戻って臙脂の長袖シャツを甚平の下に着、甚平ズボンの上からカーキ色のズボンを穿いて、赤い春ジャケットを着て散歩に出る。

ファミマの前に、こんなものが立っている。

町の歴史、通りの由来を解説する掲示板(?)である。

八戸の各所には、こう云った掲示板、と云うか、標識、と云うか、が、立っている。

逆向きである。

こちらに、通りの由来、その歴史が書いてあるのである。

大通りと反対側から、鷹匠小路に入る。

そこにあったのが――

これである!

八戸では、歴史的な由来のある町の各所に、こう云った看板を設置して、その由来、来歴等を説明している。

啄木は、漱石、一葉と並んで、わたいの大好きな作家のひとりである。

啄木、と、云えば、歌人、と、云う印象が強いが、なかなかどうして、作家としても、並々ならぬ才能を有しているのである。

その啄木に影響を与えた人物が八戸の人だったとは!

なにやらそれだけで、なんとも云えぬ、嬉しい気持ちになるのである(#^.^#)

ここがその、肩匠小路である。

大通りの反対側(南側?)から見た景色である。いわゆるひとつの、“飲み屋街”である。

鷹匠小路の由来を記した道標である。

鷹匠小路から横道に入ると、たぬき小路と云う、昭和情緒タップリの飲み屋横丁が伸びている。

右手の写真をご覧ください。右手が写った写真ではありませんよ。(陰の声:わかっとるわ!)

これがその写真である。

これがなにかと云うと――

これである。

さっきの写真の説明板であるが……お読みになれるだろうか?

意外なところで、意外なことが行われているものである。

それにしても……「たぬき小路」と「小百合通り」、えらいイメージ・ギャップを感じるのは、わたいだけだろうか?

ちなみに――

この横丁は、昭和通りである。

これまたご覧のとおりの、昭和情緒纏綿たる、粋な飲み屋横丁である。

ああ、酒を止められてなかったらなぁ……(T_T)

さて鷹匠小路を出ると、その先にあるのが――

まいどお馴染み、みろく横丁である(^^)v

写真に写っているのは、以前立ち寄った「ねね」さんである。

まっすぐ行って見とがめられると、義理にも入らなければならないが、酒を止められている身とあっては、そうもいかない。

避けるように迂回して、右手のビルから、“みろく横丁”の中央付近へ入る。

そのビルの上にかかっていた看板。

1階のお店の入口横にあった看板。

けっこうカワイイ娘である♡

ご存知のかたいらっしゃったら、ぜひ、教えてください!

文字どおり、“看板娘”である(*^_^*)

さてさて、ビルの横の路地から、みろく横丁のほうに入って行くと――

こんな標識、と、云うか、案内板がある!

なかなか粋な標識である\(^o^)/

と、歌声が聴こえてくる。

移りゆき、巡りゆく季節のなかで、君はいったい、なにを見つけるのだろうか……

そんな歌である。

見てみると、男の人がひとり、ストリート・ライヴを演っている。

このかた、OSAMUさん、と、おっしゃる。

写真には写っていないが、酔っ払いがひとり、調子の外れた音程で、一緒に歌い、近寄ったり、離れたりしている。

歌い終わり、酔っ払いが去っていったところで、写真を撮らせて貰えないか、頼んでみた。快く了承してくれて、写真用に弾き語ってくださった。

“音楽で八戸を元気にしよう!”と、あちこちでオリジナルを歌っておられるそうである。
CDがある、と、云うので、無理を云って、1枚売ってもらった。しばらく聴いていたかったが、店の客でもないのに、長居するわけにもいくまい、と、思って、早々に立ち去った。後から考えれば、そんなことに頓着せず、もう少し聴いていればよかった。

後ろ髪を引かれる思いで(わたいに前髪はないが、後ろ髪ならある)、みろく横丁を後にした。

後ろ髪を引かれる思いだったのは、もう少しOSAMUさんの歌を聴いていたかったからで、短いタイト・スカートを穿いた女性が、二、三人、みろく横丁の出入口を行き来しているのが目に入ったからでは、けっして、ない! ……ハズである。